芳林堂書店 高田馬場店で行われた「安彦良和の戦争と平和 ガンダム、マンガ、日本」の出版記念 トーク&サイン会が開催されたので、行ってきました。
著者は杉田俊介氏で、この方と安彦先生のお二人によるトーク&サイン会が行われ、90席程あった会場の席が満席状態でした。
トークの前にはお二方のご厚意で写真撮影可能で、会場の皆さんが撮影されていました。
杉田俊介氏の紹介、安彦良和先生の紹介が行われた後、著書を作った経緯と内容を説明されました。
著書の内容に沿った思いなどを話され、それに安彦先生が答えるという様なトークでしたが、著書でも大半を占めているのが「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」だったので、必然的にトークもガンダムの事が多くなり、ストップしたアニメも動き出しそうな?事もお話されていたので、今後もしかしたら本編のアニメ化もありうるんではないかと期待した内容でした。
安彦先生がお話された内容で、「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」を作った事やそこに至るまでの事、アニメ化への思いなどがとても興味深かったです。
ガンダム関連での発言で気になった事を下記にまとめました。
『 』:安彦先生の発言
●杉田氏 「 取材を進めていく中で、安彦先生の漫画に偏っていたがアニメとアニメ監督の総合的なものに向き合っていかないといけなく感じた。安彦先生の中にもアニメの向き合い方、ガンダムに対する向き合い方が替わっていったんですかね? 」
『 杉田さんの取材が長期間だったので、その間にも状況が変わったり心境が変わったりしてるのね。
オリジンをどうするんだってのは、ここでも興味のある方がおられると思うんですが、今現在はまだ実はゆれてます。
僕自身はやると腹をきめてるんだけども、周辺環境がゆれてます。
ちょっと限られた話になっちゃうんだけども、今月の2日に教文館という銀座の本屋さんがあります。そこで講演をやらせていただいた。
質疑応答の時にオリジンやりますと言ったのが2日です。
2日からまた諸状況がですね動いたりしてます。
オリジンに関して杉田さんの取材の中で大変うれしかったのは、私がないと無私だとオリジンを読んで思ったと。これはすごく嬉しかったですね。
で、言っちゃうとですね、サンライズという会社も大きな会社で、幹部だけでもいろんな人がいるんだけども、そのなかで僕に面と向かって「オリジンはあなたのガンダムであって、ガンダムそのものではない。ファーストではない」と言った人もいるんです。
え~。。。何を言ってやがるんだといったんだけどもねwwww
そう思っているのがまだサンライズの中にいる。
だからやるという事に「あれはあくまでもあなたのもの」だと。「ファーストではない」と。
意見はサンライズには結構多いんじゃないかな。
で、これと戦ってます。
で、戦いの状況は刻々かわってます。
2日の段階では勝ったと思ったwww
NHKでも話したんだけど、またちょっと変わってます。
で、こういう事をやっているうちに僕はどんどん歳をとりますから、年齢との戦いだなと感じがしてますけどね。
なかなか断定的な事を言えないのは事実です。 』
●接戦の様なせめぎ合いが続いているんですね。
『 それでいていろんなのを作っているんですね。サンライズは。
こんなん作るんだったらやらせろよ!っていうんですけどね。 』 wwwww 88888888
●コナンのアニメに触発された。
コナンの話は諸事情により省きます。
『・・・・・ サンライズの社長に手紙を書いたんです。結構長い手紙書いて。
置いておくと気がかわるから、郵便局近いからポストにポコンと入れて、それで状況が替わったんです。
社長さんが僕の手紙を読んで、読みましたって返事くれて、何度も読みました。
それでその後で、会議があって、社長さんが僕の前で幹部たちに「検討しろ!」と言った。
そこで替わったんです。
そこからまたいろいろとバトルがある。
この社長さんが替わるんですよね。
またいろいろあるかもしれない。
一度逆転してます。 』
●杉田氏から 「 DVDを見ながらオリジンを見比べこのセリフが抜けてるなってやってみたんですけども、思った以上に原作を動かしていない。
ファーストガンダムは混沌とした状況の中で、スポンサーからの事情や視聴率があり、いろいろ矛盾している所があってそこを総合する作業はしているんだけども、作品としての根幹みたいなものはなるべく手を入れない様にしている。
安彦さんの手付きみたいなのは逆説的に安彦的に出てきている構造になっていて、逆にファーストガンダムは富野さんのものでもないし安彦さんのものでもないというか誰のものでもないようなある種特別な経験として一回的に経験された出来事だったみたいなそういう印象を受けた。
そこから安彦さんがこう・・・こういう言い方したら失礼かもしれなんですけど、自分の総決算というか最後の仕事の様な心持でもう一回ガンダムと向き合っているその精神がすごくあの~この本のために伺いながらその言葉が聞け衝撃を受けた。そういう感じがありました。 」
『 誰のものでもないっていうのもちょっと語弊があるかと思う。
あえて言うと富野由悠季のものなんです。
徹頭徹尾 富野由悠季がつくったものなんです。
それは1979年の富野由悠季のものなんです。
僕は79年の富野由悠季っていうのをずっと頭に描いて思い出してそれで再現(ガンダムを描いている)している。
富野由悠季という人格全部ではなく、79年の富野なんです。
奇跡の様な彼の絶好調の79年、もう何度も言っているんです、それは素晴らしかったと、あの時の富野は。
その後も調子がいい時があったと思いますよ。
あの時ほど調子いいことはなかったんじゃないかと。
ターンエーガンダムなんかちょっとみたら、これ面白いなっと思った。あれは傑作だとどっかで言った。
全部は知らないんですけどね。
だから調子がいい時もあるんです。
ただもの凄い不調の時もあるんです。
ちょっと人名を上げると語弊があるってそういう事なんで、あれ奇跡だったと思いますよ。
あの時の富野由悠季。
だから徹頭徹尾ファーストは富野のものですよ。
それを誰が再現するんだ、俺しかいねーじゃん。
俺はそばでみてたんだ。
そういう事なんですよ。
それをなかなか信じてもらえない。 』
●杉田氏から「アニメ作りに関して今はどうですか」の質問には。
『 アニメ作りは89年で終わってて、あくまでもオリジンをやった自分はアニメ人間としては位置づけていない。
イエスを取り上げてたが、イエスは十字架にかかって死んじゃうんだけども、富野由悠季は生きているんです。
それは悪い意味ではなくてね。
作品ではペトロみたいな出来の悪い弟子だったと思っていい。同伴者だった。
で、イエスを見ている訳ですよ。
富野を見ている訳。
で、その後、富野をかついで富野教のようなもの、・・・何を言ったかネットに言わないでね、物議を醸しだすから・・・ 富野教をでっちあげたのはパウロだったと。いう気がしてます。
キリスト教で言えばね。
だからパウロは嫌いだっていうことをねあの・・・ネロを読んで杉田さんは見破ってくれたんだけども、僕は愚かなペトロだったと思います。
ただ、寝食を共にしたんだと、イエスはこういう人だったと同じような感じで富野はこんな人だったんだよ、こういう人だったんだよ、という風にオリジンを通じて言ったつもりですよ。
杉田氏「 そういうものとしてのアニメ版のオリジンのその完成期を目指す。 」
『 マンガで描き終わって僕としては最長のマンガを描いて23巻別巻1と描いて、あぁ終わったと思った頼まれ仕事は終わった。
ただその後、いろいろいろんな物が作られたり、いろいろしているのを見て、やっぱり元々がアニメなのでガンダムってのは、マンガでかなり売れたといってもでもダメだなと、映像は映像で認知されないとダメだなと思った。
それから映像にさせろさせろと。
で、じゃあ過去編ならいいよと。
4話まで6本までならゆるす。
そういうことで、ただ本編は未だにさっきも言ったように抵抗勢力がいるもんですから、まだ戦っている。そんな状況です。 』
●杉田氏「 オリジンの映画化アニメーション化というのもあるんですけども、一方秋から乾と巽という日本近代史4部作になるんですかね、最終、これが連載作品としては最後みたいな事がこう・・アフタヌーンでしたっけ? こううたわれていましたけれども、ヤマトタケルで古代史あれは4部作とよぶか3部作とよぶべきかちょっとあれなんですけども、4つの作品で古代集が完結して、近代史シリーズも今回の乾と巽で完結すると。
やっぱそこの連載がどうなるっていくのかなっていうことと、それからやっぱりそれを含めてガンダムの仕事と並行してやっていくことになるのかなと気がするんですけど。
政治的な闘争もあるわけですよね。実現するために。 」
『 あの~ガンダムが一回可能性として消されて、さっき社長ってこと言ったんだけども、社長が決断したんだ、決断というか最終決定として作らないと、それを伝達する人間が来て、納得できない社長から直に聞きたいっていうことをやって、社長も来てくれてやらない、で、一旦諦めたんです。
それがあの去年の前半の話。
それがさっき言った手紙書いてうんぬんって事になるんですけどね。
で、何を言おうとしたのかっていうと、乾と巽っていうのは、やらないっていう事は天の声で降ってきたもんですから、じゃあ漫画描くぞというんでオリジンの映像化するって仕事があるんだったら漫画描けないと思ってたんでね、そこでやらないって天の声がきたんでじゃあ描く、仕事がねぇって顔は意地でもするもんかと、直ぐ講談社に電話してもう一本描かせろって言っていいよというんでネタはまえからあるんだ、それがシベリア出兵の話、丁度大正が空白になってたもんですから、で即決したんですね。
それで今やってます。
シベリア出兵っていうのはたまたま僕の現代シリーズが空白だってこともあるんだけどやはりすごく解らなくてオリジンを描き始める前の2000年前後に描きたいって思った事があったんです。
そこにオリジンが降ってきたもんだから描けなくなった。それがまた頭擡げてじゃあシベリア出兵描きたいな。
で、シベリア出兵からちょうど100年、去年がね。
今も進行中なんですけども、そのシベリア出兵っていうのが、ソ連が崩壊した後とソ連が健在であった時とでは見え方が違うと思うんですよね、ソ連が終わりになっちゃってじゃああれはなんだったんだということが根本的に再検証されるべきだと僕は思ったんです。2000年の頃に。
で、解らない事だらけ不可解なことだらけで、簡単に言っちゃうと天に鍔迫り合いをしたという事が以前の考えでね、社会新革命に抵抗して潰しにかかってえらい目にあったと、僕のある意味 師でもある亡くなった松本健一さんも無明の私という言い方をしてバッサリ切っておられた、それが普通。
あれがなんだったんだとあの後、一番圧倒的だなあの後ロシアの人達が どれだけの悲劇を経験したかということがあるわけですよ。
でロシアというある意味大きすぎる国がどうなった事によって周辺世界もどのように替わったか、その中に マジルコも含まれるわけですけど、実に巨大な事だと、でちょっと本を読んでもあれそうだったのという事がいっぱい出てくる。で一つ言うとシベリア出兵した事がいけないって普通言われるんだけども逆にあの時に日本が責められたのは何故ウラルまで来ないんだと、列国からね。
まだ第一次大戦が終わってないんで。
ドイツと戦争やってる、でロシアが降りちゃった、で大変だって、日本に対してイギリスとかが一番協力なんだけども、ウラルのこっちまで来いと、いう訳ですよ。
そりゃ日本は行かないと頑なに行かないんだ。イルクーツクまで行かない。ウラルまでしか行かない。それが不信感を逆に買う訳ですよ。
何か魂胆があるんじゃないか何か領土的野心があるんじゃないか、でそういうことで不信感を買うと。
だからその事一つとってみてもシベリア出兵じたいが良いの悪いのって話がないんですよね。
非常に複雑な話がある訳。
だから同盟国の側でもウィルソンとイギリスの思惑が違っていたり、で、シベリアとはなんだったという問題設定もある、我々今なかなか想像がつかないんだけども、シベリアというのはなんだっていう具合に、あれはロシアの植民地だという考え方が当時もあったんだと。
大きすぎるロシアからシベリアが独立して何がいけないんだってそういう運動も実際あって一定の支持もあった、だからいろんな解らないことが沢山あるんです。
で、その中でやはりずっとあるのは維新の陰謀でなかったのか、維新陰謀論みたいなのがでてますけど、王道の狗のなかで睦奥宗光に言わせているセリフでエゾを開くですか、エゾを開き琉球をおさめ朝鮮をとり満州をどうのこうので、シナをどうのっていう世界征服の野望みたいなの、これは後で田中上奏文にそのまま書かれる。田中上奏文ってのは偽書だって言われるがやはり親しげがあるんですね。
で、これは吉田松陰の言葉ですから。吉田松陰が日下元帥に手紙を書いた。日下元帥に送る書っていうんで、王道の狗のなかで睦奥にいわせている。
しょうかしょんじゅくの~~ですよこれは。
ここに大きな間違いがある。
吉田松陰えらい。いろいろ言われるんだけども、吉田松陰の教え事態に物凄く黒い部分がある。
シベリア出兵の主役は田中の親分山縣有朋から師団長からみんな長州人。
だからそういうことも含めて吉田松陰から脈々ときている大日本主義ってのがかなりやばいって事があるんですよね。
だからいろんな所が再検証されなければいけないっていう気がするんです。
そういう文脈でシベリア出兵を見直してみたら何かがみてこないかって、その後のロシアって知ってるわけですからスターリン主義時代も含めてね。
だからこれは描きたいなと。一旦オリジンが消えたおかげで描くチャンスをいただけた。
オリジン生き返ったらどうしようかなと今心配している。 』
杉田氏 「 逆にオリジンの話が消えかかったことで、僕らは日本近代史の最後の作品を読めるし、きっとオリジンのプロジェクトも成功すれば、ほんとうに総合的に安彦さんの全貌を見る事ができる。っていうのはすごくラッキーな状況になったのかな。安彦さん自身はすごく大変だと思うんですけども。 」
『 すごく面白いですからだまされたと思って乾と巽を読んでください。 』
●杉田氏 「 最後に感想というか、取材している時に印象だったのは、安彦さん人間分かり合えないっていうのをされていて、人間はほんとうは分かり合うべきなんだけども、何かの間違いで分かり合えなくなっていると。そういう事ではないんだと。
むしろ分かり合えないのが当たり前なんだと、だからこそ分かり合えない者同士が何とかすり合わせていく、そこに歴史の過程があるとおっしゃっていて、なるほどなって思ったんですよね。
現在の政治状況というか東アジア状況というべきなのか、それを踏まえるとまた言葉の重みを感じるんですけども。
やはりガンダムの歴史についてはものすごく詳しいけど、いまたぶん安彦さんがおっしゃったロシアの歴史については一ミリの興味もないみたいな、わりとねじれた状況になってしまってる気もして、そこは歴史の面白さ、僕自身も歴史の感覚が薄い人間なんですけども、そこの交じり合う場所歴史の感覚みたいなものを考えていくっていうのが重要であるしそれが歴史の面白さであるのかなって気がしたんですね。
オリジンの後日談にアムロが最後出てくるですけども、24巻ですか、最後にアムロってのはニュータイプでもなくて別に英雄でもない、何者でもない平凡な青年の様なアムロがそれでも分かり合っていくという話が最後ぽつっていうんですよね。
それが印象的で、こういう言い方するの失礼なんですけども、安彦さんとお話ししていると、僕の父親以上、父親のような年齢であるにも関わらず、まだまだ若々しい青年の様な感じがする瞬間もあって、天才とか達人みたいな面もあると同時に名も無き青年の様に語ってらっしゃるところも感じ、両面性みたいなすごく感じるんですね。
安彦さんの仕事はこれから完結、自分の壮大なマンガとガンダムを含めて、たぶん終わりに向かっていく過程であるんですけども、過程自体が新しいもの始まりというか、新しい歴史の始まり歴史的なイメージの始まりになる様な気がしてそのためには安彦さんの作品っていうのを総合的に読者や評論家に限らずですけどいろいろな読み方をして、安彦良和とは何者なのかみたいなところから読み直していくのがいいんじゃないかと思うんですね。
今コンプティーク(たぶんコンティニューの間違え)で石井誠さんていうライターの方がこれとはまた別のプロジェクトとして全作品を読むという仕事をされていたりとか、80年代の監督をされた作品の再評価みたいなのが僕は始まって行くと思うんで、巨人ゴーグとかすごい面白いと思うんですよね、そういう形で僕らの方から感覚を高めながら安彦さんの作品に向き合っていかなければいけないんじゃないかなと個人的には思っています。
『 コンティニューという雑誌知ってますか? 太田出版の。
杉田さんの企画のちょっとあとから出たんですよ。
太田出版の方、編集長も一緒にこられるんだけども、いいんですか?って聞いたんですよ。
今やってますよ杉田さんって人がロングインタビューで本にするそうですよって言ったら、いいんです、それはそっちでって言って、コンテニューの方はまだ続いているんです。
だからあいつはあちこちで自分語りして図々しいやつだって思われるかもしれないけども、そういう経緯です。
で、コンティニュー太田出版の方は本になるかどうかわからないけども、石井さんって人がライターですごく世話になってるんで、お手柔らかにってやってるんで、石井さんはライターで、杉田さんはある意味思想家ですから、切り口は変わってくるだろうと、こっちはこっちですと言ってる、もし太田出版からも本が出たら、そういう事なので誤解の無い様に。
それはそれで読んで欲しいなと思います。
すみませんちょっと言い訳を。 』
この後、サイン会になり、安彦良和先生と杉田俊介氏が著書にサインをおこないました。
イベント参加券です。
サイン会の時に手渡しして、為書きを入れてサインして頂きました。
芳林堂書店 2階には、安彦先生関連書籍を集めたコーナーができていました。
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